Tol2トランスポゾンを用いたゼブラフィッシュGAL4エンハンサートラップ法の確立
浅川 和秀・川上 浩一
GAL4エンハンサートラップ法を利用した遺伝子発現法は、器官形成、寿命、行動に至るまでさまざまな生命現象を遺伝子発現によって操作することを可能にし、その背後にある遺伝子機能を明らかにしてきた。しかしながら、この優れた実験手法を駆使できるのは、これまで主にモデル無脊椎動物ショウジョウバエに限られていた。筆者らは、独自に開発したTol2トランスポゾンシステムを発展させ、モデル脊椎動物ゼブラフィッシュにおいてGAL4エンハンサートラップ法の確立に成功した。この手法によって、中枢神経系をはじめとする脊椎動物の器官形成、器官機能を支える遺伝子機能の研究が飛躍的に進展すると期待される。
1. GAL4エンハンサートラップ法とGAL4-UASシステム
GAL4エンハンサートラップ法は、1993年にショウジョウバエにおいて開発された、ゲノム上に存在する組織特異的なエンハンサー活性を利用して、酵母転写因子GAL4を発現させる手法である1)。
その原理を図1に示す。基本プロモーター下にGAL4遺伝子を配置させたコンストラクト(トラップコンストラクト)を作成し、さまざまなゲノム領域に組込む。組込まれたトラップコンストラクトがあるエンハンサーの支配下にある場合、基本プロモーターがそのエンハンサーを“トラップ”して、GAL4が発現する。エンハンサーが特定の細胞群でのみ活性を示す場合、GAL4はその細胞群のみで発現する。
GAL4エンハンサートラップ法によって得られた細胞特異的なGAL4トランスジェニック個体においては、任意の遺伝子をその細胞でのみ発現させることが可能である(図1)。例えば、GAL4転写因子の認識配列であるUAS(upstream activator sequence)の下流に、蛍光タンパク質遺伝子などのレポーター遺伝子を配置させたコンストラクトをゲノムに組込むと、レポータータンパク質の発現によってGAL4発現細胞を可視化できる。また、UASの下流に細胞機能を改変するような遺伝子を組込むと、in vivoで細胞機能の改変を行うことが出来る。このようなGAL4-UASシステムを利用した遺伝子異所発現は、GAL4トランスジェニック個体(ドライバー)と、UASトランスジェニック個体(エフェクター)を交配させて得られる二重トランスジェニック個体において簡単に行うことができる。
2. Tol2トランスポゾンシステムによるブレイクスルー
GAL4エンハンサートラップ法とGAL4-UASシステムの原理は、一見、どのモデル生物にも適応できそうなとてもシンプルなものである。しかし、モデル脊椎動物においてこれらの手法は確立されてこなかった。その一因は、トラップコンストラクトを脊椎動物ゲノムに効率よく導入する手法が存在しなかったことにある。ショウジョウバエにおいては、トランスポゾンPエレメントを利用してトラップコンストラクトを効率よくゲノムのさまざまな部位に挿入させ、その中から実験の目的にあったGAL4ドライバーを選ぶことが出来る。この点が、モデル脊椎動物とは決定的に異なる。
この問題点を打開したのが、2004年に川上らが報告したゼブラフィッシュ遺伝子トラップ法である2)。この手法において用いられたTol2トランスポゾンシステムを用いることで、これまでになく高効率でトラップコンストラクトを脊椎動物ゲノムに導入することが可能になった。この成果は、モデル脊椎動物においてもトランスポゾンを用いた順遺伝学が十分可能であることを実証した、画期的なものであった。
ゼブラフィッシュは体長3〜4センチの小型魚類で、大量飼育が容易なうえに、多産であるため、順遺伝学が適応可能な数少ないモデル脊椎動物である。Tol2トランスポゾンシステムの開発は、このようなゼブラフィッシュのモデル生物としての特性と合致し、脊椎動物GAL4エンハンサートラップ法の実現に向けて大きな道を切り開いた。筆者らとBaier研究室(University of California San Francisco)との共同研究グループはモデル脊椎動物ゼブラフィッシュにおいてTol2トランスポゾンシステムを用いたGAL4エンハンサートラップ法の構築に着手した。
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