秀潤社 細胞工学 Vol.23 No.1 2004


2.Tol2転移システムによる高効率トランスジェニックフィッシュ作製

 挿入変異生成法の開発のためにクリアしなければならない次の問題は”Tol2転移システムを用いて、効率良く多数のランダムな挿入をゼブラフィッシュゲノムに作製できるか?”である。筆者らは、Tol2転移システムに改良を加え、これに成功してきた。
 まず、筆者らはGFP(green fluorescent protein)遺伝子を組み込んだTol2トランスポゾンベクターを作製し、このプラスミドDNAと転移酵素mRNAを受精卵にともに微量注入した。Tol2トランスポゾンベクターはプラスミドDNAから切り出され、転移反応によりゲノムへ組み込まれる。半分以上の微量注入されたゼブラフィッシュから、GFPを発現するトランスジェニック子孫(F1)フィッシュが得られた(図2)。それらF1フィッシュの中には、最大20種類以上もの異なる部位にトランスポゾン挿入を持つものもあった。この方法は第一に、効率良くトランスジェニックフィッシュを作製するために有用である。第二に、この方法を用いると小規模の研究室でも数百、数千のトランスポゾン挿入の作製が可能である。第三に、トランスポゾンはレトロウイルスよりはるかに扱い易いという長所を持つ。
 Tol2因子の挿入により、挿入部位には8塩基対の同方向反復配列が作られる。非常に“クリーンな”挿入であり、挿入部位近傍の染色体の欠失、組換えを伴わない。したがってトランスポゾン挿入部位近傍のDNA塩基配列は、インバースPCRなどの方法によって、ほんの2、3日のうちに決定することができる。イギリスのThe Sanger Institute(http://www.sanger.ac.uk/Projects/D_rerio/)ではゲノムシークエンス計画が進行しており、2005年末までにはゼブラフィッシュゲノムの全塩基配列が発表される予定である。2003年6月にリリースされた現在利用可能なゲノムアセンブリーデータベースZv2でも十分有用で、これら挿入部位近傍のDNA塩基配列の半分以上を瞬時にゲノム上にマップすることができる。

3.Tol2転移システムを用いた遺伝子トラップ

 遺伝子トラップ法の開発に向けて、最後に解決すべき問題は、”Tol2転移システムの遺伝子挿入頻度は、実際に遺伝子トラップを実施するのに十分であるか?”である。
 筆者らは、Tol2トランスポゾンベクターをもとに、スプライスアクセプター部位の下流に、GFP遺伝子のコード領域と、ポリAシグナルを持つ遺伝子トラップトランスポゾンベクターを構築した。この遺伝子トラップベクター上のGFPはこのままでは発現しない。外部からの転写により活性化されたときにのみGFPが発現する(図3A)。ゼブラフィッシュゲノムに遺伝子トラップベクターのランダムな挿入を数多く作製し、実際にゲノム上の遺伝子をトラップするか否かを調べた。ゼブラフィッシュのモデル動物としての最大の特長である胚の透明性がここで生かされる。生きている胚におけるGFPの発現を蛍光実体顕微鏡で観察することにより、部位特異的に強く発現している胚を同定することができた(図3B)
 この結果は、染色体上の様々な場所に挿入した遺伝子トラップベクター上の“そのままでは発現しない”GFP遺伝子が、挿入部位近傍に存在する遺伝子のプロモーターにより転写され、そのプロモーターの発現制御様式にしたがって発現していることを示している。どのような遺伝子(エクソン)がトラップされているかは、5‘RACEなどの方法で簡単に同定することができる。
 こうして筆者らは、脊椎動物の発生過程において時空間特異的に発現する遺伝子を同定する新しい方法論の開発に成功した。今後この方法論を発展させることにより、脊椎動物の初期発生、器官形成を制御する遺伝子群を一網打尽に同定できることを期待している。

おわりに

 脊椎動物における遺伝子トラップの方法論は、マウスにおいて既に報告されている14),15)。マウスでは、プロモーターをもたないリポーター遺伝子をレトロウィルスに組み込み、それをES細胞に感染させる。遺伝子内へのプロウィルス挿入をES細胞におけるリポーター遺伝子の発現を指標にプリスクリーニングしたのちに、興味深い挿入についてマウス個体を作製し、表現型を調べる。
 どのようなコンストラクトが効率良く遺伝子をトラップするためにベストか?どのようなコンストラクトが挿入した遺伝子の機能を効率良く破壊するためにベストか?これらはたいへんな難問であり、マウスでは最初の報告から10年以上たった今でも議論が続けられている。ゼブラフィッシュにおいて遺伝子トラップを実施するうえでも同じ問題を解決していかなければならない。
 マウスと比較した場合のゼブラフィッシュのメリットは、興味深い挿入を個体レベルでのリポーター遺伝子の発現でプリスクリーニングできることである。この長所を最大限に生かしながら、ベストと考えられる遺伝子トラップベクターを構築すると同時に、スクリーニングをスケールアップし、初期発生、器官形成を制御する重要な新規遺伝子群を発見していく。それが筆者らの研究の次のゴールである。

←BACK