共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.46 2001


II. ゼブラフィッシュ変異研究とヒト遺伝病研究

 ゼブラフィッシュ挿入変異の解析は、ヒト遺伝子機能解析にどのように役立つだろうか?筆者らが解析したhagoromo変異の場合について紹介する10)
 hagoromo変異は、ヘテロ二倍体優性変異で、ホモ二倍体も生存、生殖可能である。劣性胚致死変異のパイロットスクリーニングの最中に、“変な縞模様”をしたゼブラフィッシュが泳いでいるのを見つけ、遺伝学的解析によりプロウイルス挿入変異であることがわかった(図3A)。ゼブラフィッシュ成魚の体表面では、神経冠細胞に由来する3種類の色素胞(黒色素胞、虹色素胞、黄色素胞)が5本の直線的な縞模様を形成する。この縞模様形成の分子機構は、ほとんどわかっていない。
 hagoromo変異において、プロウイルスは新規Fボックス/WD40リピート蛋白質遺伝子(hagoromo遺伝子)に挿入していた。Fボックス/WD40リピート蛋白質は、特異的なターゲット蛋白質をユビキチン化し、分解経路へ導く働きをすることが知られている11)。フォワード遺伝学的アプローチの長所は、未知の新規遺伝子を発見できることにある。しかしながらこれは両刃の剣で、機能未知の新規遺伝子は何をしているのかすぐにはわからない。hagoromo遺伝子の機能は未知であった。筆者らは、hagoromo遺伝子のマウスオーソログをクローニングし19番染色体にマップした。その近傍にはDactylaplasiaという指の形態形成異常変異がマップされていた。驚いたことに、マウスの研究グループが、Dactylaplasiaの原因遺伝子としてマウスhagoromo遺伝子(Dactylin遺伝子)を同定したのである12) (図3B、C)
 hagoromo遺伝子は種を超えてパターン形成に重要であることがわかった。しかしながら、この発見から、より大きな疑問が生まれた。”ゼブラフィッシュの5本の縞模様と哺乳動物の5本の指という一見無関係なパターン形成に共通の分子機構が存在するのだろうか?”この分子機構の理解のためには、Hagoromo蛋白質のターゲット蛋白質の同定などの生化学的、分子生物学的研究が必要である。興味深いことに、哺乳動物の指形成13)も、ゼブラフィッシュの縞模様形成14)も、反応拡散システムにより制御される、という説が提唱されている。ヒトDactylin遺伝子の異常は、split hand/split foot malformationという遺伝病の原因となっている15)。予想もしなかったことだが、ゼブラフィッシュ縞模様研究はこの遺伝病の研究に役立つ。

III. ゼブラフィッシュにおけるトランスポゾンテクノロジーの開発

 ゼブラフィッシュ研究者はトランスポゾンを用いた方法論を待ち望んでいる。この理由の1つは、MLV/VSV偽レトロウイルスの取り扱い、操作が簡単ではないからであり、ショウジョウバエ研究においてP因子を用いた方法論がもたらした成功を、ゼブラフィッシュにおいても再現したいと考えているからである。
 ゼブラフィッシュゲノムからは活性があるトランスポゾンは見つかっていない。人工トランスポゾンsleeping beauty17)、線虫Tc3因子18)、ショウジョウバエmariner因子19)のゼブラフィッシュにおける転移が報告されてきた。しかしながら、これらトランスポゾンを用いた効率のよい遺伝子導入法、挿入変異生成法はいまだ確立されていない。
 筆者らは、これらと異なるトランスポゾンTol2因子を用いた方法論の開発に挑戦している。Tol2因子はメダカゲノムから発見された、トウモロコシAc因子によく似たトランスポゾンである20)。筆者らはまずTol2因子がコードする転移酵素遺伝子のcDNAクローニングを行なった21),22)。次に、このcDNAを鋳型としてmRNAを試験管内で合成し、Tol2因子プラスミドDNAとともにゼブラフィッシュ受精卵に微量注入した。この際Tol2因子の一部を欠失させ、それ単独では転移しないように改変してある。受精卵のなかでmRNAは翻訳され、転移酵素が合成される。この転移酵素の働きで、いっしょに微量注入されたプラスミド上のTol2因子はプラスミドから切り出され、ゲノムへ組み込まれる。この転移反応が始原生殖細胞内で起こり、次世代(F1)にTol2をゲノムにもつトランスジェニックフィッシュフィッシュが得られる(図4)。これらの研究から、Tol2因子は転移反応を触媒する完全な活性をもつ転移酵素をコードすること、およびTol2因子の転移反応がゼブラフィッシュ生殖細胞で起こること、が明らかになった23)
 トランスポゾンDNAの操作、改変は、レトロウイルスのそれに比べると、はるかに容易である。筆者は、Tol2因子を用いた遺伝子トラップ法、遺伝子導入法、挿入変異生成法の確立をめざしている。

おわりに

 ゼブラフィッシュのモデル脊椎動物としての長所は、フォワード遺伝学的アプローチの容易さにある。しかしながら、そのための遺伝学的方法論の開発は十分ではない。筆者らが行なっているトランスポゾンを用いた方法論の開発は、ゼブラフィッシュ研究者に役に立つだけのものではなく、ゼブラフィッシュのモデル動物としての新しい可能性を拓き、脊椎動物の遺伝子機能解析に大きく貢献するものである。

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