トランスジェニックゼブラフィッシュとインサーショナルミュータジェネシス
川上 浩一
ゼブラフィッシュは、脊椎動物の形態形成から行動までにわたる様々な生命現象を研究するためのモデル動物として盛んに用いられている。研究手段も発生学的・分子生物学的・遺伝学的方法論など非常に多彩である。ここでは、ゼブラフィッシュにおけるトランスジェニックテクノロジーとインサーショナルミュータジェネシスについて、筆者らの研究も含めて現在までの研究と将来の可能性について解説する。
はじめに
1990年代初め頃から、化学変異原を用いたゼブラフィッシュ形態形成変異のスクリーニングがDriever1)とNüsslein-Volhard2)の研究室で始められ、1996年に報告された。このような大規模の変異スクリーニングは脊椎動物としては初めてであり、ゼブラフィッシュのモデル動物としての有用性が示された。一方、これと並行して、ゼブラフィッシュにおけるトランスジェニックテクノロジーやインサーショナルミュータジェネシスなどの遺伝学的方法論の開発がなされてきた。
トランスジェニックテクノロジーは、リバース遺伝学の方法論の1つで、クローニングされた遺伝子を生物個体に戻すための方法である。マウス、ショウジョウバエ、線虫などのモデル動物においては、DNA、トランスポゾン、レトロウイルスなどを用いたトランスジェニック動物の作製方法が、1980年代に開発され実施されてきた。
インサーショナルミュータジェネシスは、フォワード遺伝学の有力な方法論の1つで、外来DNAをゲノムに挿入させ、遺伝子を破壊し変異を作製する方法である。化学変異原により得られた変異の原因遺伝子のクローニングは、たいへんな労力を必要とするが、インサーショナルミュータジェネシスにより得られた変異の原因遺伝子は、挿入された外来DNAを目印にして容易にクローニングできる。トランスジェニックテクノロジーは、インサーショナルミュータジェネシスの最初のステップである“外来DNAのゲノムへの挿入”に必須である。
I. DNAの微量注入によるトランスジェニックゼブラフィッシュ
ゼブラフィッシュでは、DNAを受精卵に微量注入することにより容易にトランスジェニックフィッシュを作製することができる。この方法論は、以下のように開発されてきた。
1.トランスジェニックゼブラフィッシュを作る
Stuart3)らはゼブラフィッシュ受精卵の1細胞期の細胞質に、プラスミドDNAを微量注入した。これらゼブラフィッシュを成魚になるまで育て、かけ合わせ、子孫(F1)のゲノムDNAを調べたところ、約5%のゼブラフィッシュが微量注入されたプラスミドDNAをF1に伝えることができた。F1に外来DNAを伝えることができる親フィッシュをfounderと呼ぶ。founderにおいて、微量注入されたDNAは生殖細胞のゲノムに組み込まれている。founderの生殖細胞はこの外来DNAを組み込んだ細胞と組み込んでいない細胞が混在する“モザイク”状態であり、このモザイク度(mosaicism)はそのままF1にトランスジェニックフィッシュが出現する頻度として現れる。モザイク度は通常5〜50%とばらつきがあるが、この頻度は外来DNAがゲノムへ組み込まれる時期に依存すると考えられる。トランスジェニックF1フィッシュは外来DNA挿入のヘテロ二倍体となっている。外来DNAはゲノム上に単一コピー、あるいは複数コピー存在するが、通常単一座位に組み込まれていて、1匹のfounderから得られるトランスジェニックフィッシュは同じDNA挿入をもつ。
この研究により、founderが得られる頻度(ここではfounder indexと呼ぶ)とモザイク度が明らかにされ、プラスミドDNAを受精卵の細胞質へ微量注入するという方法で、トランスジェニックゼブラフィッシュを作製できることが示された(図1A)。
核移行シグナルを持つペプチドとプラスミドDNAを同時に注入すると、founder indexが上昇するという報告もあったが4)、再現性がよくないようである。アフリカツメガエル(Xenopus laevis)では、精子染色体DNAに制限酵素を利用し外来DNAを組み込んだ後、未受精卵に核移植する方法でモザイクでない100%のトランスジェニックアフリカツメガエルが作製できることが示された5)。この方法は原理的にはゼブラフィッシュにおいても可能であると思われるが、実施成功の報告はない。
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