秀潤社 細胞工学 Vol.19 No.1 2000


1.Tc1/marinerファミリーのトランスポゾン

 Razらは、Tc1/marinerファミリーに属する線虫のトランスポゾンTc3のベクターDNAとトランスポゼースをコードするmRNAを、ともにゼブラフィッシュ受精卵に微量注入すると、Tc3ベクターDNAがトランスポジションし、生殖細胞ゲノムに組み込まれることを発見した21)。このとき、Tc3ベクターに組み込まれていたアフリカツメガエルEF1αのプロモーターにつないだGFP遺伝子は、トランスジェニックゼブラフィッシュにおいて発現した。しかしながら、founder indexは2.5%と低く、インサーショナルミュータジェネシス法として利用するためにはより一層の効率の改善が必要である(図1C)
 同じTc1/marinerファミリーに属する、人工的に再構築され活性化されたsleeping beautyトランスポゾン22)、ショウジョウバエのmariner因子23)が試され、いずれについてもゼブラフィッシュにおけるトランスポジション活性が報告された。これらトランスポゾンの研究は世界中で行われているが、インサーショナルミュータジェネシス法の確立には至っていない。

2.メダカトランスポゾンTol2

 メダカTol2因子は、Tc1/marinerファミリーとは異なるhATファミリーに属するトランスポゾンで、1996年にKogaらによりメダカゲノムからクローニングされた24)。  筆者は、Tol2因子を用いたトランスジェニックテクノロジー、インサーショナルミュータジェネシス法を開発しようとしている。そのために、まずメダカゲノムからクローニングされたTol2因子が自律的にトランスポジションするかどうか、活性があるトランスポゼースをコードしているかどうかを明らかにする研究を行った。筆者らは、Tol2因子プラスミドをゼブラフィッシュ受精卵に微量注入し、自律的なTol2因子の切り出し反応が起こることを見い出した25)。次に、Tol2因子をゼブラフィッシュ受精卵に注入後、胚からRNAを抽出し、トランスポゼース遺伝子のcDNAをクローニングした。このcDNAを鋳型として、試験管内で作成したトランスポゼースmRNAとTol2因子プラスミドDNAを、一緒にゼブラフィッシュ受精卵に微量注入したところ、Tol2因子が効率良く切り出された26)(図4)
 Tol2因子を用いたトランスジェニックテクノロジー、さらにはインサーショナルミュータジェネシスの方法論を確立するためには、明らかにしなければならないこと、改良しなければならないことがたくさんあるが、それゆえ大きな可能性を秘めている。

おわりに

 DNAの受精卵への微量注入によるトランスジェニックフィッシュの作製、シュードタイプレトロウイルスを用いたインサーショナルミュータジェネシス、発展途上のトランスポゾンテクノロジーを紹介してきた。筆者が、トランスポゾンテクノロジーの開発によって目指しているのは、ゼブラフィッシュにおけるジーントラップ法の確立である。(マウス研究をされている方は、そんなものはとっくにあると思われるかもしれませんが)リポーター遺伝子の発現を生きている胚で観察できるという、ゼブラフィッシュの長所を最大限生かしたジーントラップ法が開発されれば、脊椎動物遺伝子機能の解析、初期発生の解析に大いに貢献するできる。
 新しい方法論の開発が、しばしば新しい発見のブレークスルーとなることは分子生物学の歴史を顧みれば明らかである。方法論の開発研究には、正確な技術に裏打ちされた日々の研究結果の帰納的な積み重ねももちろん重要であるが、強い目的意識から出発して演繹的に研究を進めていくことが非常に重要である。ここで述べたこと以外では、例えば、ゼブラフィッシュにおいては、遺伝子ターゲティングの方法論が未開発である。これが開発されれば大きなインパクトになることは間違いない。挑戦すべきテーマである。

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