秀潤社 細胞工学 Vol.19 No.1 2000


1. シュードタイプレトロウイルスによるトランスジェニックゼブラフィッシュ

 シュードタイプレトロウイルスは、マウスレトロウイルスゲノムを、Gag、Polタンパク質、および水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus; VSV)のコートタンパク質であるGタンパク質でパッケージングして作られる13)。このウイルスは、広範な宿主域を持つVSVのGタンパク質の働きのおかげで、ヒトの細胞から昆虫の細胞にまで感染するため14)、遺伝子治療を目的としても使用される。Linらは、このウイルスを500〜1000細胞期のゼブラフィッシュ胚に注入し、プロウイルスが生殖細胞ゲノムに組み込まれることを示した15)。このときのfounder indexは16%、モザイク度は1〜5%程度で、DNAの微量注入によりトランスジェニックゼブラフィッシュが得られる効率と同程度であった。
 続いて、筆者らはウイルスの改良を行った。あるとき、高いタイターのシュードタイプレトロウイルスを調整し、ゼブラフィッシュ胚に感染させたところ、驚くべきことにfounder indexがほぼ100%という結果が得られた16)。これは、まったく予期しなかったことであったが、シュードタイプレトロウイルスを用いたインサーショナルミュータジェネシス法を開発する過程で最大のブレークスルーであった。モザイク度も非常に高く、1匹のfounder由来のF1フィッシュからは、最大10種類以上の異なるプロウイルス挿入を得ることができた。このことは、水槽数1000程度の規模の研究室において年間数千のプロウイルス挿入トランスジェニックフィッシュの作製が可能になったことを意味する(図1B)

2. ミュータントの分離と原因遺伝子のクローニング

 この方法により作られるプロウイルス挿入が、どのくらいの頻度でゼブラフィッシュの必須遺伝子を破壊するのだろうか?筆者らは、パイロットスクリーニングとして約300種類のプロウイルス挿入について、へテロ二倍体ゼブラフィッシュ同士をかけ合わせ、子孫の1/4のホモ二倍体が胚致死となるかどうかを調べた。その結果、約70〜100種類のプロウイルス挿入当たり胚致死変異が1つ得られることが明らかになった17)。マウスでは、約20〜30のプロウイルス挿入当たり1つの胚致死変異が得られている18)。この頻度が異なる理由はわかっていない。得られたゼブラフィッシュ変異のうち、興味深い表現型を図3に示す。
 プロウイルスはゲノムに組み込まれる際、周辺DNAの欠失などを引き起こさない。すなわちゲノムを“クリーンヒット”する。このため原因遺伝子クローニングの際のDNA解析が容易である。得られた変異ゼブラフィッシュからは期待通り、短期間で原因遺伝子をクローニングすることができた17)
 マサチューセッツ工科大学のHopkins研究室では、現在もシュードタイプレトロウイルスの改良が行われている。現時点の最良のウイルスを用いるとfounder indexが100%で、1匹のfounderフィッシュから20〜30種類の異なるプロウイルス挿入を得ることができる。今後、数年間のうちに10万種類のプロウイルス挿入を作成し、1000種類のゼブラフィッシュ胚致死変異の分離と原因遺伝子のクローニングを目指している20)。これは、化学変異原を用いたゼブラフィッシュの大規模スクリーニングで得られた変異の約25%に相当する。
 このように、レトロウイルスを用いたインサーショナルミュータジェネシス法はたいへん有用であるが、実施する際には以下のような問題点も考えられる。
  1. シュードタイプレトロウイルスは人にも感染するウイルスであるため、取り扱いが簡単ではない。
  2. プロウイルス挿入トランスジェニックフィッシュの同定と分類に、気が遠くなるほど大量のPCRとサザン解析を必要とする。
  3. タイターに影響を与えずにレトロウイルスベクターを改変することが容易ではない。このため、ジーントラップベクター、エンハンサートラップベクターが未開発である。
  4. レトロウイルスの挿入部位には偏りがあり、まんべんなく遺伝子を破壊することが難しい。

III. トランスポゾンによるトランスジェニックゼブラフィッシュ

 “思い通りのリポーター遺伝子発現”と“高頻度のゲノムへの挿入”という2つの長所を併せ持つようなトランスジェニックテクノロジーが開発されれば、小規模な研究室においてもゼブラフィッシュのインサーショナルミュータジェネシスを実施することができる。ゼブラフィッシュにおいてショウジョウバエにおけるP因子のような、DNAトランスポゾンを用いた方法論の開発は可能であろうか?ゼブラフィッシュゲノムからは、活性があるトランスポゾンは見つかっていないが、いろいろなアイディアのもとトランスポゾンテクノロジーの開発が行われている。

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