エヌ・ティー・エス ゲノミクス・プロテオミクスの新展開 2004


ゼブラフィッシュのファンクショナルゲノミクス

川上 浩一

1. はじめに

 ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は、黄色と黒色のしま模様を体表にもつ体長4〜5cmの美しい小型熱帯魚である。1822年、Hamiltonによりインドのガンジス川の支流で発見され、記述された(図1A)1)
  1. 食欲旺盛でとても飼いやすい。2lのタンクで約20匹の成体の飼育が可能である。
  2. 多産である。1組のオスメスを交配させると1日当たり最大数百から千個以上の受精卵を得ることができる。
  3. 体外受精し、受精卵の直径は約1mmと大きい。卵殻は柔らかく、機械的に、あるいは酵素反応により容易に取り除くことができる。胚は透明で、発生過程の観察、操作が容易である。
  4. 胚発生は同調しており、短期間に進行する。受精後1日で脊椎動物の基本的な体ができあがる。3日目に孵化し、5日目に食餌を開始する。
 ゼブラフィッシュは以上のような特長をもつため、脊椎動物初期発生、形態形成研究のためのモデル生物としてさかんに用いられてきた。胚を96穴プレートにいれて操作するなど2)、個体レベルでのハイスループット解析も工夫次第で可能である。
 ここでは、ゼブラフィッシュのモデル生物としての特徴を最大限に生かして、今までに開発されてきたファンクショナルゲノミクスの方法論とそれらにより得られた成果の一端を紹介する。

2. フォワードジェネティクス:化学変異原を用いた変異生成

2.1 ゼブラフィッシュ遺伝学の夜明け

 大腸菌ファージT4の遺伝学研究をしていたオレゴン大学のStreisingerらは、1980年代にはいると、ゼブラフィッシュを用いた遺伝学研究を精力的に開始した。Streisingerらは、メスから採取した未受精卵をUV処理した精子で活性化後、ヒートショック処理により1回目の卵割を阻害する、あるいは加圧処理により減数第2分裂を阻害することにより、1倍体から2倍体の個体を作製することに成功した3)。当時、大腸菌や酵母を用いて突然変異を分離するという遺伝学研究が行われていたが、脊椎動物を含めた2倍体の真核生物は、劣性変異の表現型を容易に検出することができないため、そのような遺伝学的解析には適さないと考えられていた。Streisingerらの研究は、この常識を打ち破るものであった。
 この時1匹のメスの卵を2倍体化することによりオスメス両方の個体が得られたため、ゼブラフィッシュにおいては性決定がXY機構によりなされていないことが示唆された。
 続いて、ゼブラフィッシュ遺伝子に変異を生成する方法が開発された。Chakrabartiらは、精子、受精卵をγ線処理する方法4)、Walkerらは、卵割期の胚をγ線処理する方法5)を報告した。
 Kimmelは、Streisingerの2倍体化法ではなく、1倍体胚の観察による初期発生変異の分離を述べている6)。卵割期の胚をγ線処理し、育てたメスの成体から採取した未受精卵をUV処理した精子で活性化すると、1倍体のまま受精後3日目程度まで胚発生が進む。それら1倍体胚を観察することにより、発生異常の表現型を見つけることができる。同じメスからの未受精卵を今度は活性がある精子を用いて受精させると、変異をヘテロ2倍体として回収できる。当時オレゴン大において分離された変異には、市販のゼブラフィッシュを交配する過程で見つかった“自然発生変異”も多い。その場合にも、γ線変異生成法は新たなalleleの分離に役立った。
 腹部中胚葉細胞形成に欠損があるspadetail変異(のちにT-box遺伝子の変異であることがわかった)7),8)、floor plate形成異常を示すcyclops変異(nodal遺伝子の変異)(図3A)9),10)、notochord形成異常を示すno tail変異(Brachyury遺伝子の変異)11),12)、notochord形成異常を示すfloating head変異(Xnot homeobox遺伝子の変異)13)などが分離され解析された。
 その他の変異生成の方法として、精子をUV照射する方法14)、精子を化学変異原N-ethyl-N-nitrosourea(ENU)で処理する方法15)などが開発された。最近では安藤らが、精子を4,5’,8-trimethylpsoralen処理したのちUV照射によりDNA をクロスリンクさせ、欠失変異を効率良く生成するというユニークな方法を開発している16)

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