エヌ・ティー・エス ゲノミクス・プロテオミクスの新展開 2004
6.2 トランスポゾン技術の開発:ゼブラフィッシュを脊椎動物のショウジョウバエにする
ゼブラフィッシュゲノムからは、活性があるトランスポゾンが見つかっていない。Lamらがトランスポゾン活性を報告したが81)、その後この活性は追試されていない。
Razらは、線虫のTc3トランスポゾン転移システムをゼブラフィッシュに導入した。GFP遺伝子を組み込んだTc3をもつプラスミドDNAと試験管内で合成した転移酵素mRNAを共に受精卵に微量注入したところ、細胞内で転移反応が起き、トランスポゾンがゲノムに組み込まれ、子孫にGFPを発現するトランスジェニックフィッシュが得られた82)。
Fadoolらは、ショウジョウバエのmariner因子をもつプラスミドDNAと試験管内で合成した転移酵素mRNAを共に受精卵に微量注入し、mariner因子が転移によりゲノムへ組み込まれることを示した83)。
Ivicz らは、サケのゲノムに存在するTc1/mariner因子に類似した配列に着目した。Iviczらは、進化の過程で欠失、点変異などにより不活性化された複数の因子の配列を詳細に比較検討することにより、大昔には存在した(かもしれない)活性型転移酵素の塩基配列を再構築することに成功した。この「目覚めさせられた」トランスポゾンシステムはsleeping beauty(SB)と名付けられた84)。SBは、ヒトから魚類までの細胞で転移することができる。
これらトランスポゾンの転移活性は報告されたが、founderが得られる頻度はプラスミドDNAの微量注入によるものと同程度で、数千数万のトランスポゾン挿入を作製することは困難であると考えられた。
Tol2因子は、メダカゲノムから発見されたトランスポゾンである85)。筆者らは、Tol2因子が活性のある転移酵素をコードしている自律的因子であることを明らかにした86),87)。さらに、筆者らは、Tol2因子をもつプラスミドDNAと試験管内で合成した転移酵素をコードするmRNAを一緒にゼブラフィッシュ受精卵に微量注入すると、Tol2因子がプラスミドからゲノムへ転移し、子孫にトランスジェニックフィッシュが得られることを明らかにした88)。当初このTol2トランスポゾンシステムを用いて、founderが得られる頻度はそれほど高くなかった。
最近筆者らは、founderが得られる頻度を飛躍的に上昇させることに成功した89)。このブレークスルーによって、小規模の研究室で数百数千のトランスポゾン挿入を作製することが可能となった。
筆者らは、この高効率Tol2転移システムを用いて、遺伝子トラップのパイロットスクリーニングを行った。遺伝子トラップ法の概略を示す(図4A)。この結果、トランスポゾンが特異的発現をする遺伝子内に挿入した場合にのみ、GFP遺伝子がその発現様式に従って特異的に発現され、特定の細胞、組織が緑色に光るゼブラフィッシュが得られた(図4B)。ゼブラフィッシュにおける遺伝子トラップ法の成功は世界で初めてである89)。ショウジョウバエでP因子を用いて行われているような様々な遺伝学的方法論が、ゼブラフィッシュにおいても実施可能となる日は近いと考えている。
7. おわりに
ゼブラフィッシュのファンクショナルゲノミクスについて紹介してきた。ここで引用した文献は、これからゼブラフィッシュ研究を始める方には是非とも読んで頂きたい。
ゼブラフィッシュのESTプロジェクト、ゲノムプロジェクトは米国、英国で先行しており、このようなゲノム関連大型プロジェクトへのわが国研究者の国際的貢献度は高くない。
しかしながら、ファンクショナルゲノミクスの方法論の開発という観点からは、本稿の随所で日本人研究者の名前がみられるようにわが国の研究者の国際的貢献度は決して低くない。
ショウジョウバエ(1995年)、線虫(2002年)では、各々のモデル動物としての特長を生かした研究成果にノーベル賞が授与された。わが国の研究者および世界中のゼブラフィッシュ研究者がこれからなすべきことは、ゼブラフィッシュの他のモデル動物にはない特長を生かして、生物学の歴史に残るような研究成果をあげていくことであろう。
●謝辞
貴重な写真を提供して頂いた伊藤素行博士、菊池裕博士、岸本康之博士、多田正純博士、二階堂昌孝博士、八田公平博士、日比正彦博士に深く感謝します。
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