エヌ・ティー・エス ゲノミクス・プロテオミクスの新展開 2004
5.2 ES細胞に替わるシステムの開発への挑戦
Maらは、ゼブラフィッシュ初期胚(受精後6時間)から得た細胞(donor)をニジマス脾細胞由来のfeeder 細胞上で短期間(1〜3日間)培養したのち、blastula-stage のrecipient胚に移植した。このようにして移植された培養細胞の一部は生殖細胞となり、子孫にdonor由来の個体が得られた68)。
Leeらは、ゼブラフィッシュ5〜15-somite stage胚から得たfibroblastを8週間培養後、GFPを発現するpseudotyped retrovirusを感染させ、GFP発現細胞をFACSで選別した。これらの細胞は、さらに計12週以上最長26週まで長期間培養され、4日間飢餓条件下におかれたのち、核を脱核した未受精卵に移植された。約2%の成功率で移植した核由来の子孫が得られた。魚類において培養細胞からの核移植は、培養細胞の細胞周期(24時間以上)と胚の細胞周期(30分以下)の違いから困難であると考えられてきた。Leeらの成功により、クローンゼブラフィッシュが誕生した。彼らは、一度凍結した細胞からの核移植にも成功している69)。
酒井は、精巣癌細胞からfeeder細胞を樹立し、そのfeeder細胞上で精原細胞の培養を行った。培養2日目にアンドロゲンを加えて培養を続けると、9日目以降には分化した精子が観察された。酒井は、この培養精子が受精能を有していることを示した70)。
これらの方法のいずれかで長期培養中の細胞内で相同組み換えを起こさせることができれば、遺伝子ターゲッティングは不可能ではないであろう。
6. フォワードジェネティクス:Insertional mutagenesis
ウイルスやトランスポゾンを用いたinsertional mutagenesis等の方法論の開発は、モデル生物の遺伝子機能解析に必須である。ゼブラフィッシュには、直ちに利用可能なウイルス、トランスポゾンが存在しなかった。受精卵にプラスミドDNAを微量注入するとトランスジェニックフィッシュが作製できることから、この方法を利用した挿入変異生成が試みられた71),72)。この方法では、DNAの挿入頻度が低い、DNA挿入部位に大規模な染色体異常が引き起こされる、DNAが多コピーで挿入される、等の理由から、変異原因遺伝子のクローニングができるような方法論の確立にいたらなかった。
6.1 pseudotyped retrovirusを用いる方法
Moloney murine leukemiaウイルスは通常マウスにしか感染しないが、このウイルスのRNAゲノムをvesicular stomatitis virusのコートタンパク質であるGタンパク質でパッケージングして作られるpseudotyped retrovirusは、魚類の細胞にも感染する73)。感染細胞中でウイルスRNAは逆転写され、cDNAがプロウイルスとしてゲノムに組み込まれる。Hopkinsらは、pseudotyped retrovirusを用いたinsertional mutagenesis法を開発し、筆者もこれに携わった。
Linらは、pseudotyped retrovirus溶液を500〜1,000細胞期のゼブラフィッシュ胚に微量注入した。ウイルスは生殖細胞に感染し、子孫にプロウイルスをゲノムにもつトランスジェニックフィッシュが得られた74)。最初、この方法によりfounderが得られる頻度は約10%程度と低いものであった。
Gaianoらは、タイターの高いpseudotyped retrovirusを調整し同様の実験を行ったところ、founderが得られる頻度をほぼ100%にまで驚異的に上昇させることに成功した75)。これにより、小規模の研究室でも数千、数万のプロウイルス挿入の作製が可能になった。Gaianoらは、さらにプロウイルス挿入変異のパイロットスクリーニングを行った。プロウイルス挿入のホモ2倍体が胚致死となる頻度は約80挿入に一つであった76)。筆者は、プロウイルス挿入により成魚の色素細胞パターン形成異常を示す変異フィッシュを解析し、hagoromo遺伝子を同定した(図1B)77)。
このinsertional mutagenesis法は、ENUを用いた変異生成法と比較すると、変異生成頻度は低いが、変異の原因遺伝子のクローニングは圧倒的に速く行える。現在までにこの方法で作製された約100種類の変異とそれらの原因遺伝子が報告されている78),79)。
Linneyらは、このウイルスゲノムにGFP遺伝子を組み込み、GFPを発現するトランスジェニックフィッシュを作製することに成功した80)。しかしながら、このときのfounderが得られる頻度は約10%と低かった。pseudotyped retrovirusを用いてウイルスゲノムに様々な改変を施すことと、高頻度でfounderを得ることを両立させることは容易ではない。
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