共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.45 2000


ゼブラフィッシュにおけるインサーショナルミュータジェネシスとストライプパターン形成異常変異hagoromo

川上 浩一

 ゼブラフィッシュは、フォワード(順)遺伝学的アプローチが実施可能なモデル脊椎動物である。1996年には、化学変異原を用いた初期発生変異の大規模スクリーニングの成功が報告された。しかしながら、これら変異の大部分は点変異であるため、変異の原因遺伝子を同定するためにはポジショナルクローニングを行わなければならず、たいへんな労力を必要とする。たとえば、大学院学生がひとつの点変異の原因遺伝子のクローニングをテーマとして研究すると、運が良くて5 年を費やす大仕事となるであろう。
 これに対して筆者らは、変異の分離から原因遺伝子のクローニングまでを容易に行うことができるインサーショナルミュータジェネシス法の開発を行なってきた。ここでは、シュードタイプレトロウイルスを用いた方法とトランスポゾンを用いた新しい方法の開発について述べる。また、ストライプパターン形成異常変異hagoromoの解析から得られた興味深い知見を紹介する。

はじめに

 筆者は大学院生以来、大腸菌、酵母などの微生物を用いて遺伝子発現機構の遺伝学的解析を行なってきた。やがて寒天プレート上のコロニーを見ていることに飽き足らなくなり、多細胞生物の複雑な生命現象を遺伝学的(フォワード遺伝学的)に解析したいと考えるようになった。1990年代初め、フォワード遺伝学が実施可能なモデル多細胞生物といえば線虫あるいはショウジョウバエであったが、ゼブラフィッシュを用いるともしかすると大規模なフォワード遺伝学的アプローチが可能かもしれない、という考えが芽ばえつつあった。1992年夏、筆者は、ボストン、オレゴン、チュービンゲンのゼブラフィッシュ研究室を訪ねた。フォワード遺伝学においてトランスポゾン、レトロポゾンなどの“道具”が非常に重要であることを、それまでの微生物遺伝学の研究経験から痛感していたこともあり、インサーショナルミュータジェネシスの方法論をゼロから開発しようとしていたマサチューセッツ工科大学のHopkins研究室に留学することに決めた。こうして1994年、ゼブラフィッシュ研究に足を踏み入れた。

I. シュードタイプレトロウイルスを用いたインサーショナルミュータジェネシス

 インサーショナルミュータジェネシスは、フォワード遺伝学の方法論のひとつである。外来DNAをゲノムに挿入させ、遺伝子を破壊し変異を作製する。これら挿入変異の原因遺伝子は、挿入された外来DNAを目印にして容易にクローニングすることができる。インサーショナルミュータジェネシス法の開発においては、「どのようにして外来DNAのゲノムへの挿入を効率よく作製するか」が最も重要な鍵となる。1994年の時点で、ゼブラフィッシュゲノムへ外来DNAを挿入する方法は2つあった。

1.DNAの微量注入によるトランスジェニックフィッシュ

 1990年代初めまでに、プラスミドDNAを1〜2細胞期のゼブラフィッシュ受精卵の細胞質に微量注入する方法が確立された1)(図1A)。DNAを微量注入され、成魚となったゼブラフィッシュの約1〜10%がプラスミドDNAを子孫(F1)に伝えることができる。子孫に外来DNAを伝えることができる親フィッシュをfounderとよぶ。founderの生殖細胞のゲノムには微量注入されたDNAが組み込まれているが、組み込んだ細胞と組み込んでいない細胞が混在する“モザイク”状態である。このモザイク度は、そのままF1にトランスジェニックフィッシュが出現する頻度として反映され、通常5〜50%とばらつきがある。founderが得られる頻度、モザイク度は、偶然の産物であり人為的に制御することはむずかしい。1匹のfounderから得られるF1トランスジェニックフィッシュは通常同一のDNA挿入をもつ。この方法は、現在もトランスジェニックフィッシュ作製のための最もポピュラーな方法であり、プロモーター領域の機能解析などに盛んに用いられている。
 それでは大規模なインサーショナルミュータジェネシスを、DNAを受精卵に微量注入する方法で実施することは可能だろうか?ゲノム上10kbごとに挿入を作製するとした場合、ゼブラフィッシュゲノムが約1.5x109 bpであるから、1.5x105種類の挿入を作製しなければならない。DNAの微量注入によりfounderフィッシュが得られる頻度を5%として計算すると、微量注入したゼブラフィッシュを3x106匹飼育し、それらすべてを掛け合わせ、解析しなくてはならない。これでは、いくらゼブラフィッシュが(マウスと比較して)大量飼育が容易であるとしても、とても現実的ではない。この方法では、化学変異原を用いた変異スクリーニングに匹敵するような規模のスクリーニングを実施することは、不可能に近いと思われる。

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