共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.45 2000


 次に、この切出し活性を担う転位酵素の同定を行なった。Tol2因子プラスミドDNAをゼブラフィッシュ受精卵に注入後、胚からRNAを抽出し、Tol2因子のcDNAをクローニングした(図5A)。このcDNAが転位酵素をコードすることが予想された。Tol2因子の一部を欠失させると、単独では切出し活性を示さなくなる。このような因子を“自律的な因子”に対して“非自律的な因子”と呼ぶ(図5A)Tol2因子のcDNAを鋳型として試験管内で合成したmRNAと、非自律的なTol2因子プラスミドDNAを、ゼブラフィッシュ受精卵に微量注入した。非自律的なTol2因子は、mRNAが一緒に注入されたときにのみ切り出された(図5B)19)。この結果は、mRNAが切出し活性をもつ転位酵素をコードすることを示している。切出し活性は、自律的なTol2因子を単独で注入したときよりはるかに高かった。大量の転位酵素が供給されたためと考えた。
 Tol2因子が、自律的なトランスポゾンであることを完全に証明するためには、再組込み反応を示さなければならない。また筆者の目的からは、その反応がゼブラフィッシュ生殖細胞で起こらなければ意味がない。非自律的なTol2因子DNAと転位酵素mRNAをゼブラフィッシュ受精卵に微量注入し、今度はそれらを成魚まで育てた。掛合わせにより得られたF1のゲノムDNAを調べたところ、ある1匹のfounderから高頻度で、Tol2因子をゲノムにもつトランスジェニックフィッシュが得られた。筆者らは、Tol2因子近傍のゲノムDNA解析を行ない、これらの挿入が転位酵素依存的な組込み反応、すなわち転位で起こっていることを証明した20)(図5B)。この結果から2つの重要な結論が導びかれる。ひとつは、Tol2因子がコードする転位酵素が“切出し”と“再組込み”を行なう完全な活性をもっていること。もうひとつは、Tol2因子の転位反応がゼブラフィッシュ生殖細胞で起こること。ちなみに、脊椎動物ゲノムから自律的なトランスポゾンを同定したのは、この研究が初めてである20)
 解析数はまだ少ないが、現時点ではTol2因子が転位する頻度は、mariner因子より少し高い。Tol2因子を用いたトランスジェネシス、インサーショナルミュータジェネシスの方法論を確立するためには、改良しなければならないことがまだたくさんある。状況としては、1994年に筆者らがシュードタイプレトロウイルスを用いてパイロットスクリーニングを開始したときと非常に似ている。Tol2因子を用いた重要な方法論が必ず確立できるものと期待している。

III.ストライプパターン形成異常変異hagoromo

 これまで方法論を中心に述べてきたが、最後にインサーショナルミュータジェネシスから得られた興味深い知見を紹介する。筆者らが行なったプロウイルス挿入変異のパイロットスクリーニングでは、胚致死変異の分離を目標にしていたが、筆者は優性変異がひき起こされる可能性も考え続けていた。ある日、未同定のプロウイルス挿入をもつゼブラフィッシュを処分するために集めてあった水槽中に、“変な縞模様”のゼブラフィッシュを見つけた。半信半疑で遺伝解析を行なったところ、この“変な縞模様”がプロウイルス挿入によりひき起こされていることがわかった。ゼブラフィッシュ成魚は、神経冠細胞に由来する3種類の色素胞(黒色素胞、虹色素胞、黄色素胞)を有し、これら色素胞が体表面で約5本の直線的なストライプパターンを形成する。このパターン形成のメカニズム、それを制御する遺伝子群についてはほとんどわかっていない。この変異は、そのパターン形成の過程のどこかに影響を与えるものと考えられた。米国生活も2年を過ぎ、ナショナリズムも高まっており、筆者はこの変異を和名で”hagoromo”と命名した。ちなみに略した場合の“hag”には英語で“ugly witch ”という意味がある。
 hag変異は、ヘテロ二倍体優性変異で、ホモ二倍体も生存可能である(図6A)。プロウイルスは、機能未知のFボックス/WD40リピート蛋白質遺伝子(hag遺伝子)のイントロンに挿入していた21)(図6C)。25kb以上の大きなイントロンであったため遺伝子の同定に苦労し、エキソントラップとDNA塩基配列決定によるBLAST検索を並行して行なった。Fボックス/WD40リピートを有する蛋白質は、特異的なターゲット蛋白質をユビキチン化し、分解経路へ導くのに重要なはたらきをする。Hag蛋白質のターゲット蛋白質は未知である。
 フォワード遺伝学的アプローチの長所は、未知の新規遺伝子を発見できることにある。しかしながら、これは両刃の剣であり、機能未知の新規遺伝子は何をしているかすぐにはわからない。hag遺伝子の場合もそうであったが、予想外の知見がマウス研究からもたらされた。筆者らは、マウスhag相同遺伝子をクローニングし、マウス染色体19番にマップした。その近傍にはDactylaplasiaという指の形態形成異常変異がマップされていた(図6B)。そのような解析をしているうちに、別のグループが同じマウス遺伝子をクローニングしていることを知った。驚くべきことに、彼らはDactylaplasiaの原因遺伝子としてクローニングしていた(彼らはDactylinと命名した)22)hag(Dac)遺伝子は種を超えて脊椎動物のパターン形成に重要な遺伝子であることが明らかになった21)
 より大きな疑問が残った。hag遺伝子とDac遺伝子は共通の祖先遺伝子から派生した。それでは、ゼブラフィッシュのストライプパターン形成と哺乳動物の指パターン形成には何か共通性があるだろうか?指パターンは、従来から反応拡散システムにより生み出されるという考えがあった24)。興味深いことに、最近、ゼブラフィッシュのストライプパターンも反応拡散システムで生じているという説がある25)(I.近藤の項参照)。筆者は、ストライプパターン形成と指パターン形成という一見無関係なパターン形成を制御する共通の分子機構が存在する、という仮説を立ててhagoromo遺伝子の研究を進めている。また、ヒトDac遺伝子は、Split Hand/Split Foot Malformationという遺伝病の原因であると考えられている26)hag遺伝子の研究はその分子機構の解明に貢献する。

おわりに

 ヒトゲノム塩基配列の完全解明が目前に迫ったいま、脊椎動物遺伝子機能解析のためにモデル生物の重要性はますます高まっている。ゼブラフィッシュのモデル生物としての最大の存在理由は、フォワード遺伝学的アプローチが実施可能である、ということにある。それゆえ、ミュータジェネシス法の開発と実施は、ゼブラフィッシュ研究の心臓部となる。その中でインサーショナルミュータジェネシス法の重要性は疑う余地がない。しかしながら、この方法論を実際に実施しているのは、Hopkins研究室のみである。ここで用いられているシュードタイプレトロウイルスによるミュータジェネシス法も、その汎用性、応用性に問題がある。ひとつの点変異の原因遺伝子のポジショナルクローニングには5年かあるいはそれ以上の年月を費やす場合がある。したがって、ここで述べたトランスポゾンを用いた新しい方法論の開発に、たとえいまから数年費やしたとしても、十分“もとはとれる”重要な方法になるものと確信している。

←BACK