II.トランスポゾンによるインサーショナルミュータジェネシスの開発
シュードタイプレトロウイルスを用いたインサーショナルミュータジェネシス法はたいへん有用であるが、そのままでは小規模な研究室向きではない。次のような問題点がある。
- このウイルスは人にも感染するため、取扱いが簡単ではない。ウイルス研究とゼブラフィッシュ研究を並行して行なえるような研究設備を必要とする。
- プロウイルス挿入ゼブラフィッシュの同定と分類に、大量のPCRとサザンブロット解析を必要とする。
- レトロウイルスベクターを改変すると、しばしばタイターが下がる。このため、ジーントラップ法、エンハンサートラップ法の開発がむずかしい。
1997年に帰国した筆者は、新しいインサーショナルミュータジェネシス法の開発に取り組むことにした。ゼブラフィッシュにおいて、ショウジョウバエ研究におけるP因子のようなトランスポゾンを用いた方法論が開発されれば、小規模な研究室においてもインサーショナルミュータジェネシスを実施することができる。問題は、ゼブラフィッシュゲノムから活性があるトランスポゾンが見つかっていないことである。ここでは、筆者らの研究も含めて、それを克服するためのユニークな研究を紹介する。
1.Tc1/marinerファミリーのトランスポゾン
Razらは、Tc1/marinerファミリーに属する線虫のトランスポゾンTc3因子をもつプラスミドDNAと転位酵素をコードするmRNAを、一緒にゼブラフィッシュ受精卵に微量注入した。mRNAから転位酵素が合成され、Tc3因子は生殖細胞において転位し、F1でトランスジェニックフィッシュが得られた14)。しかしながら、founderが得られる頻度は2.5%と低く、インサーショナルミュータジェネシス法に利用するためには、効率の改善が必要である。
Fadoolらは、ショウジョウバエのmariner (peach) 因子をもつプラスミドDNAと転位酵素をコードするmRNAを、一緒に受精卵に微量注入した。mariner因子は転位し、F1でトランスジェニックフィッシュが得られた15)。このときのfounderが得られる頻度は、Tc3因子の場合より少し高かったが、インサーショナルミュータジェネシス法に利用するには、まだ低すぎる。
Ivicsらにより、サケ科の非活性型Tc1/mariner因子から人工的に再構築され、活性化されたSleeping beautyトランスポゾンシステムは、ゼブラフィッシュおよび哺乳動物の培養細胞で機能することが示された16)。ゼブラフィッシュ生殖細胞においても転位することが学会などで発表されているが、論文発表はまだない。
これらのいずれのトランスポゾンを用いても効率のよいトランスジェネシス、インサーショナルミュータジェネシス法はまだ確立されていない。
2.メダカトランスポゾンTol2
メダカTol2因子は、1996年古賀らによりメダカゲノムからクローニングされた。Tc1/marinerファミリーとは異なるhATファミリーに属するトランスポゾンである17)(W.古賀の項参照)。筆者は、「Tol2因子を用いたインサーショナルミュータジェネシスが可能ではないか?」と考えた。
クローニングされたTol2因子が、活性がある転位酵素をコードする“自律的な因子”であるか否かはわかっていなかったので、まずそれを調べた。筆者らは、Tol2因子プラスミドDNAをゼブラフィッシュ受精卵に微量注入した。Tol2因子が自律的な因子であるならば、転位酵素が生産され、プラスミドDNAからの“切出し”反応とターゲットDNAへの“再組込み”反応が起こるはずである。約10時間後、ゼブラフィッシュ胚から全DNAを抽出し、切出し反応を検出するためのPCR解析を行なった(図4A)。最初の実験で検出されたのは非常に薄いバンドであったが、筆者にTol2因子の“切出し”を確信させた。Nested primerを使って2段階のPCR反応を行なった。“切出し”は誰の目にも明らかであった18)(図4B)。このようにして、Tol2因子が切出し反応を単独で行なえる自律的な因子であることを証明した。
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