共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.49 2004


III. 遺伝子トラップ法による母性因子研究の可能性

 卵生の脊椎動物の初期発生は、母性因子と接合体形成後に発現する遺伝子産物により制御されている。現在までにゼブラフィッシュでは、接合体致死変異が多数分離され後者の因子についての研究がよく進められている。しかしながら、前者の母性因子の遺伝学的解析はこれに大きく遅れをとっている。その理由は、母性因子の変異はホモ個体の成魚雌の表現型として観察されるため、変異の分離、変異系統の維持、解析に膨大な労力を要するためである。最近になってようやく、化学変異原を用いて作製した第3世代のホモ変異体の雌を野生型の雄と掛け合わせ、生まれた胚の発生異常を検出するという第4世代スクリーニングによって母性因子変異体が得られはじめている12)16)
 雌の卵巣で形成・成熟した卵母細胞内には、中期胞胚転移 (mid-blastula transition; MBT) までの初期卵割に必要なすべての因子が蓄積されている。岸本らによって分離されたacytokinesis変異体では、受精後の核分裂は正常に起こるものの細胞質分裂がまったく起きない12)。一方、futile cycle変異体では、細胞質分裂は起こるが受精後に雌雄の前核が融合せず核分裂異常を起こす13)。これらの表現型に類似した変異体や、卵成熟過程に異常を起こす変異体も数種類が同定されている14)。さらに、母性因子は中期胞胚転移以降の胚発生にも重要な役割を果たしている。screeching halt変異体では、中期胞胚転移直後の接合体性遺伝子発現に異常が起こる15)ichabod変異体とbrom bones変異体ではオーガナイザー形成不全が起こる15),16)blistered変異体とpollywog変異体では接合体性の遺伝子発現は正常に起こるが、形態形成と細胞分化に異常が起こる15)。ゼブラフィッシュにおける母性因子変異スクリーニングは、初期発生過程のさまざまな局面で母性因子が重要な役割を担っていることを示している。しかしながら、現在までにこれら母性変異体の原因遺伝子がポジショナルクローニングにより同定された例はなく、これは新規母性因子研究が非常に困難であることを示している。
 筆者らは、Tol2転移システムを用いた遺伝子トラップ法を行なう過程で、特異的GFP発現を示すゼブラフィッシュの約1/3がGFP遺伝子の母性発現を示すことに気づいた。その代表的な発現様式を、図4(a)に示す。これらのゼブラフィッシュにおいてトランスポゾン挿入がトラップした遺伝子は、胚発生の過程で時空間特異的に発現すると同時に卵形成の過程でも発現し、母性因子として未受精卵に蓄えられていると考えることができる。筆者らは、母性発現しさらに胚発生過程でも特異的発現をする遺伝子群は初期発生において重要な役割を担っているはずであるという仮説を立てた。化学変異原を用いたスクリーニングの場合、母性因子のホモ2倍体は第3世代でやっと作製が可能となるが、筆者らの遺伝子トラップ法を用いた場合、第2世代で母性因子ホモ2倍体を作製することが可能となる(図4b)。さらに、遺伝子トラップベクター挿入近傍の遺伝子解析は非常に容易であり、最短わずか数日で変異の原因遺伝子を同定することが可能である。筆者らはこの仮説を確かめる過程で、母性発現を示すGFP遺伝子挿入がトラップしたいくつかの新規母性遺伝子を同定することに成功している。現在、これら母性発現する遺伝子が初期発生過程でどのような役割を果たしているのかを明らかにするため、遺伝子トラップベクター挿入ホモ2倍体を作製し、母性因子の機能解析を進めているところである。Tol2転移システムを用いることで、これまで困難であった新規母性遺伝子の解析が飛躍的に促進されることを期待している。

おわりに

 トランスポゾンTol2を用いた遺伝子転移システムは以下の特徴を持つ。@トランスポゾンを用いたクリーンな挿入であるため、ゲノムに損傷を与えずに目的の遺伝子を挿入できる。Aベクターの改良が非常に簡便である。これらの特徴は、トランスジェニックゼブラフィッシュの作製にも非常に有益な実験系を提供する。目的にあわせたさまざまなベクターを開発しTol2に組み込むことで、脊椎動物における遺伝学的解析が自由自在に実行できるようになった。
 今後、大規模な遺伝子トラップ法の実施により、時空間特異的な発現を示す未知の遺伝子が網羅的に同定されることが期待できる。さらに、遺伝子トラップベクターの改良、転移システムの効率化により、挿入変異体作製と変異の原因遺伝子の同定をさらに迅速にし、脊椎動物初期発生における必須遺伝子をつぎつぎと明らかにすることが、筆者らのつぎの目標である。

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