Tol2がコードしている転移酵素遺伝子のcDNAを鋳型としてmRNAを試験管内で合成し、Tol2ドナープラスミドDNAとともにゼブラフィッシュ受精卵に微量注入する。ドナープラスミド上のTol2は、単独では転移を起こさないようその一部を欠失させ、代わりにゼブラフィッシュ内で発現するプロモーターを上流にもつGFP遺伝子を組み込んである。受精卵に微量注入されたmRNAからは転移酵素が翻訳・産生され、ドナープラスミド上のTol2を認識してこれを切り出す。切り出されたTol2は胚発生の過程で染色体ゲノムに組み込まれる。このゲノムへの組込みが始原生殖細胞内で起こると、このTol2の挿入が次世代(F1)に受け継がれる。Tol2の挿入は、F1胚を実体蛍光顕微鏡下で観察してGFPの発現を検出することで容易に同定できる(図1)。
2000年の筆者らの報告では、このTol2転移システムによりファウンダーが得られる頻度、および1匹のファウンダーから得られる挿入の種類は多くなかった11)。しかし、のちのプロトコールの改良により、これらを飛躍的に上昇させることに成功した4)。すなわち、微量注入され成魚となったゼブラフィッシュの約半分がファウンダーとなり、1匹のファウンダーを掛け合わせて得られたF1ファミリーには平均5.6個の異なる遺伝子座への挿入が見られるようになった(図1)。このことから筆者らは、Tol2転移システムを用いて、数万のトランスポゾン挿入をゼブラフィッシュゲノムに作製することが可能であると考えている。
II. ゼブラフィッシュにおける遺伝子トラップ法の開発
筆者らは、ゼブラフィッシュにおいて非常に効率のよいトランスポゾン転移システムを確立した。この方法は、これまでに開発されたどんなトランスジェニックゼブラフィッシュ作製法よりも効率がよい。
筆者らのつぎのゴールは、このトランスポゾン転移システムを用いて遺伝子トラップ法を開発することであった。遺伝子(エキソン)トラップ法、エンハンサートラップ法はマウス、ショウジョウバエなどで開発され新規発生関連遺伝子の同定に役立ってきた。この目的を達成するために重要なことは、Tol2転移システムによる挿入の頻度が、実際に染色体遺伝子の転写をトラップするのに十分であるかどうかを検証することであった。図2(a)に、遺伝子トラップを検出するために作製されたTol2プラスミドを示す。このプラスミドには、プロモーターをもたないGFP遺伝子をスプライシング受容部位の下流に組み込んでいる。この遺伝子トラップベクター上のGFP遺伝子はゼブラフィッシュゲノムに組み込まれ、内在性のプロモーター制御下におかれたときのみ発現する。
Tol2のコードする転移酵素のmRNAと遺伝子トラップベクタープラスミドDNAを同時に受精卵に微量注入し、ゼブラフィッシュゲノム中にランダムに挿入を作製した。最初のパイロットスクリーニングにおいて筆者らは、156匹の成魚から得られたF1について発生過程におけるGFPの発現を蛍光実体顕微鏡下で観察し、36種類の時期・組織特異的にユニークな発現を示すF1を分離した4)。代表的な発現パターンを、図2(b)に示す。
これら特異的GFP発現を示すゼブラフィッシュからゲノムDNAを抽出し、サザンブロット法により遺伝子トラップベクター挿入を解析した。例として、心臓特異的発現を示すゼブラフィッシュのサザンブロットを、図2(c)に示す。ここから、すべてのF1個体が共通してもつ1つの遺伝子トラップベクター挿入を同定することができる。これは、このゲノム上の1つの挿入が心臓特異的なGFPの発現をひき起こしていることを示している。また同時に、ゼブラフィッシュゲノムに挿入され外部のプロモーターで活性化された1つのGFP遺伝子の発現を、蛍光顕微鏡下で検出することが可能であることを示している。
トランスポゾン挿入部位およびその近傍に存在する遺伝子は、トランスポゾンあるいはGFP遺伝子の塩基配列を手がかりに非常に迅速に同定することができる。トランスポゾン挿入部位の解析に、筆者らはインバースPCR法を用いている。現在、筆者らの研究室では50種類以上のGFP特異的発現を示すゼブラフィッシュ系統を確立しているが、そのうち30種類以上のトランスポゾン挿入部位を同定している。このうちの約半分については、ゼブラフィッシュゲノムデータベースと照合することにより即座に染色体上にマップすることができている。これらのトランスポゾン挿入がトラップしている遺伝子を同定するためには、以下の方法が可能である。第1は5’RACE 法である。第2には、トランスポゾンが挿入している遺伝子近傍のゲノム情報から転写されているエキソンを予測し、それらの塩基配列を利用してRT-PCR法により同定する方法である。これらの結果、実際にトラップされた10個以上の遺伝子の同定に成功している。このうち、体節特異的発現を示すGFP遺伝子はhoxc3a遺伝子を、中枢神経特異的発現を示すGFP遺伝子はスクシニルCoA:3ーオキソ酸CoAトランスフェラーゼ遺伝子を、心臓・胸鰭特異的発現を示すGFP遺伝子はグアニンヌクレオチド結合蛋白質α-12 サブユニット遺伝子をトラップしていた。これら以外の遺伝子トラップベクター挿入はそれぞれ新規の遺伝子をトラップしていた。このように、Tol2転移システムを用いた遺伝子トラップ法は、実際に転写されているゼブラフィッシュ遺伝子をトラップできることが示された。
それでは、この遺伝子トラップ法を用いてゼブラフィッシュ遺伝子に挿入変異を作製することは可能であろうか?遺伝子トラップベクターの挿入がトラップされた遺伝子の転写を阻害しているかどうかを確かめるため、hoxc3a遺伝子をトラップしているゼブラフィッシュにおいてこの遺伝子の転写量を解析した。定量的RT- PCR法を用いてヘテロ2倍体、ホモ2倍体の1日目胚において転写されているmRNA量を比較したところ、野生型に比べヘテロ2倍体で、ヘテロ2倍体に比べホモ2倍体で、hoxc3a遺伝子の転写量が減少していることが明らかとなった(図3)。ホモ2倍体の転写産物量は野生型の25%以下であった。このことから、Tol2を用いた遺伝子トラップベクターの挿入で、内在性遺伝子の発現を(部分的にせよ)阻害することが可能であることが示された。現在、筆者らは、研究室で得られた遺伝子トラップ系統すべてのホモ個体の作製とその表現型の解析を行っている。
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