羊土社 実験医学 Vol.24 2006


私が名付けた遺伝子「hagoromo

川上 浩一

【読み方】
はごろも
【同定生物種】
Danio rerio(ゼブラフィッシュ)
【発表論文】
Kawakami , K. et al. : Proviral insertions in the zebrafish hagoromo gene, encoding an F-box/WD40-repeat protein, cause stripe pattern anomalies. Current Biology 10: 463-466, 2000
【名前の由来】
(1)ゼブラフィッシュの縞模様が乱れるという表現型なので衣装に関係する単語をつけたかった。(2)米国生活も2年が過ぎ私の中でnationalismが高まっていたので日本の言葉をつけたかった。これら2つの理由による。
【働き・特徴】
ゼブラフィッシュのレトロウイルス挿入変異hagoromoの原因遺伝子。表皮の縞模様が乱れるという表現型を示す。優性。ホモ二倍体は成育・生殖可能。hagoromo遺伝子はF-box/WD40タンパク質をコードする。このモチーフをもつタンパク質はターゲットタンパク質を認識しユビキチン依存性タンパク質分解経路による分解を促進すると考えられる。Hagoromoタンパク質のターゲットは未知。


ゼブラフィッシュのインサーショナルミュータジェネシス

 1994年6月、私はそれまでの大腸菌・酵母研究から離れ、ゼブラフィッシュ研究をはじめるためにマサチューセッツ工科大学(MIT)のHopkins研に加わった。当時ゼブラフィッシュはモデル生物としての歴史が浅く遺伝学的方法論が不足していた。Hopkins研ではレトロウイルスを用いてゼブラフィッシュにおける挿入変異生成法を開発しようとしていた。欧米のいくつかのゼブラフィッシュ研究室を訪問した中で、「新しい遺伝学的方法論の開発」というテーマこそ、私がこれまでに単細胞生物研究において学んだ分子生物学のノウハウを最大限に生かせると考えたことが、Hopkins研を選んだ理由である。
 シュードタイプ化したマウスレトロウイルスを、ゼブラフィッシュ生殖細胞に感染させ、プロウイルスとしてゲノムに組み込む。私が渡米した時点ではプロウイルス組込み頻度は低く、この方法がインサーショナルミュータジェネシスに使える目算は全くたっていなかった。私を含めた3人のポスドクと2人のMITの学生は懸命に働いた。'95年3月、プロウイルスのゲノムへの組込み頻度を飛躍的に向上させることに成功した。これが最大のブレークスルーであった。私たちは1日約1,000匹の魚の尾ヒレを切り、DNAを抽出し、サザンブロット解析を行い、挿入を同定し、ホモ二倍体の表現型を解析していった。プロウイルス挿入による最初の劣性胚致死変異は'95年10月頃見つかった。レトロウイルスを用いた挿入変異生成が可能であることを証明した瞬間であった1)

hagoromo遺伝子の同定

 Hopkins研ではもっぱら劣性胚致死変異のスクリーニングが行われていた。'96年9月のある日、私は「いらないから捨てる」魚を集めていたタンクの中に1匹の縞模様が乱れている魚を見つけた(図1上)。ゼブラフィッシュの縞模様は野生型でも乱れることがあるが、直感的にそれらとは違うと感じた。「これはもしかしたらミュータントかもしれない」そのタンクの中の魚はすべてプロウイルス挿入のヘテロ二倍体だったので、遺伝的な形質であるならば優性変異のはずである。その魚を野生型のゼブラフィッシュとかけあわせて約2ヶ月、子孫を観察すると約半数が乱れた縞模様をもっていた。これら子孫の魚を縞模様で分類しサザンブロット解析を行うと、乱れた縞模様をもつ魚だけが共通して1本のバンドをもっていた。「乱れた縞模様はプロウイルス挿入によって引き起こされた優性変異の表現型である」と結論づけた。当時ゼブラフィッシュゲノムの情報は貧弱でしかもプロウイルスが25kbという長いイントロン内に挿入されていたので、原因遺伝子の同定は容易ではなかった。ファージゲノムクローンのコンティグを作製し、プライマーウォーキングで約50kbのDNA塩基配列を決定した。この配列の中から他種生物のESTとの相同性を見出しhagoromo遺伝子のexonを同定した。

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