羊土社 実験医学 Vol.25 2007


脊椎動物におけるトランスポゾンを用いた遺伝学的方法論

浦崎 明宏・川上 浩一

トランスポゾンを用いた遺伝学的方法論は微生物、植物、無脊椎動物の遺伝学的研究において非常に重要な役割を果たしてきた。しかしながら、脊椎動物においてはそのような方法論は長い間開発されてこなかった。その原因は、脊椎動物において活性のあるトランスポゾンが見つかっていなかったことにある。最近、脊椎動物で活性のあるトランスポゾンが見出され、遺伝子破壊や遺伝子導入のツールとして利用できるようになってきた。本稿では、脊椎動物で利用されているトランスポゾンの特徴を整理し、その応用の可能性について述べる。

キーワード● トランスポゾン , Tol2 , piggyBac , Sleeping Beauty , ゼブラフィッシュ , マウス


はじめに

 トランスポゾンとは、DNA上のある部位から他の部位に転移することのできるDNA塩基配列である。これまで、多くの生物のゲノムにおいて見つかっており、あらゆる生物種に普遍的に存在する。トランスポゾンはさまざまな変異を誘起し、またゲノムの再編成を引き起こし、ゲノムの進化にきわめて重要な役割を果たしてきたと考えられる。しかしながら、脊椎動物ゲノムに現存するトランスポゾン様配列の大部分は突然変異の蓄積により転移能を失っている。潜在的に転移能をもつトランスポゾンがあったとしても、その多くがエピジェネティックな修飾により不活性な状態にあると考えられる。
 ところが近年、脊椎動物において活性のあるトランスポゾンが報告されてきた。1996年、名古屋大学大学院理学研究科の古賀、堀らによりメダカゲノム中からトランスポソンが発見され、Tol2 (transposable element of Oryzias latipes, number 2)と名付けられた1)。'97年、Ivicsらによりサケ科魚類ゲノムに存在していた非自律性のトランスポゾンから、活性のあるトランスポゾンが再構築され、「眠りから覚めた」という意味からSleeping Beautyと名付けられた2)。'98年にはショウジョウバエのトランスポゾンmarinerや線虫のTc3がゼブラフィッシュ細胞中でも転移することが示された3),4)。そして2006年、新たなタイプの昆虫由来のトランスポゾンpiggyBacがマウス細胞中で転移することが示された5)。現在、これら脊椎動物で活性のあるトランスポゾンを用いてさまざまな遺伝学的方法論の開発が進められている。本稿では、まず脊椎動物で利用されているトランスポゾンの種類とその特徴を整理する。次に、われわれが開発してきたゼブラフィッシュにおける遺伝学的方法論を紹介する。最後に哺乳類で利用できるトランスポゾンを紹介し、その応用の可能性について述べる。

1. 脊椎動物で転移するトランスポゾン

 多くのトランスポゾンは、内部に転移を触媒する酵素トランスポゼースをコードする遺伝子をもち、両末端に逆向き反復配列をもっている。このトランスポゼースが逆向き反復配列に作用することによりトランスポゾン配列が転移する。このとき転移の標的部位の重複が起きる。トランスポゼースをコードする領域を欠失している非自律性因子も、トランスポゼースが供給されると、転移することができる。
 トランスポゾンはトランスポゼースのアミノ酸配列、標的配列の重複の大きさなどの構造上の特徴からいくつかのファミリーに分けられている。現在、脊椎動物で利用可能なトランスポゾンはhATファミリー、Tc1/marinerファミリー、piggyBacファミリーに分類できる。これらのファミリーのメンバーはすべて動物、植物、菌類に広く存在する。

❶ฺ hATファミリー

 hATファミリーのメンバーは標的部位に8塩基配列を重複するという特徴がある。メダカ由来のトランスポゾンTol2はゼブラフィッシュ、カエル、ニワトリ、マウス、ヒトの細胞中で、Tol1はマウスとヒトの細胞中で転移活性をもつことが示されている6)8)。また、トウモロコシ由来のトランスポゾンAcはゼブラフィッシュにおいて転移することが示されている9)。昆虫由来のトランスポゾンHermesは、in vitroで転移することが示され、転移メカニズムの生化学的、構造学的研究が行われている10),11)

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