羊土社 実験医学 Vol.25 2007


❸ฺ 転移誘導システムの開発

 われわれはゼブラフィッシュを用いてヒートショックプロモーターの下流に転移酵素をもつトランスジェニックフィッシュを構築した。これをトランスポゾン挿入をゲノムに1コピーだけもつゼブラフィッシュにかけ合わせ、転移酵素遺伝子とトランスポゾン挿入をともにもつゼブラフィッシュを作製した。この成魚をヒートショック処理後かけ合わせ、次世代の個体からDNAを回収し、トランスポゾンの挿入部位を調べた。その結果、ほとんどのトランスポゾン挿入はゲノムワイドに存在していたが、10%はもとの挿入の近傍に転移していた(投稿準備中)。このシステムにより、ゲノムワイドなトランスポゾン挿入と領域特異的な挿入を効率よく作製することができる。

❹ฺ Gal4/UASシステムの開発

 Gal4/UASシステム*3はショウジョウバエ研究において大きな成果を挙げてきた。われわれはGal4/UASシステムをゼブラフィッシュにおいて構築するために、Tol2内部にGal4遺伝子を組み込んだ遺伝子トラップおよびエンハンサートラップコンストラクトを構築した。このベクターを転移酵素mRNAとともに受精卵に微量注入した。微量注入した魚をUASの下流にGFPを組み込んだトランスジェニックフィッシュとかけ合わせることにより、Gal4発現をGFPにより視覚化することができる(図2A)。われわれは特異的な細胞・組織・器官でGal4を発現するゼブラフィッシュ系統を多数分離することに成功した(図2B)
 ゼブラフィッシュにおいて、Sleeping Beautyを用いた遺伝学的方法論の開発もTol2と同時期に行われていた。Sleeping Beautyの転移頻度はTol2に比べてかなり低かった。そのため、現在ではTol2を用いた遺伝子導入法が広く用いられている。

3. 哺乳類におけるTol2, piggyBac, Sleeping Beautyの転移

❶ฺ 培養細胞におけるトランスポゾンの転移

 Wuらにより、4種類の哺乳類細胞株 (CHO, HeLa, H1299, HEK293)を用いて、Tol2, piggyBac, Sleeping Beauty, Mos1の転移効率の比較が行われた16)。彼らの条件下では、CHOおよびHeLa細胞においてはpiggyBac、Sleeping Beauty、Tol2の順で、H1299およびHEK293細胞においてpiggyBac、Tol2、Sleeping Beautyの順で転移頻度が高かった。これら細胞における転移活性の違いは、何によるものかはわかっていない。Mos1はすべての細胞で活性がみられなかった16)piggyBacおよびSleeping Beautyは最適な条件下では効率よく転移したが、トランスポゼースの量を増加させると、転移頻度の低下がみられた16)。それに対し、Tol2ではトランスポゼースの量が増加すると、それに比例して転移頻度が上昇する16),22)Tol2の場合は、トランスポゼースの量を増やすことにより、さらに転移頻度を上昇させることが可能であろう。

❷ฺ マウス個体におけるトランスポゾンの利用

 マウスの尾静脈からトランスポソン供与プラスミドとトランスポゼース発現プラスミドを注入することにより、マウス生体内器官に遺伝子を導入することができる。Sleeping BeautyおよびTol2では、このシステムを用いることにより肝細胞への遺伝子導入が成功している23),24)
 Sleeping BeautyおよびpiggyBacでは、トランスポゾンをもつマウスとトランスポゼースを発現しているマウスをかけ合わせることにより、生殖細胞においてトランスポゾンが転移することが示されている25)。また、同様にしてSleeping Beautyをマウスの体細胞で転移させるシステムも構築されている26)。このシステムはトランスポゾン転移により癌を引き起こし、癌遺伝子を同定するという実験を行うために利用された27)

おわりに

 トランスポゾンを用いると、トランスポゾン内にクローニングしたDNA断片を挿入したり、挿入部位近傍に欠失や組換えを起こさずに、目的の遺伝子を挿入したりできる。そのため、挿入部位を容易に決定することができる。化学変異原を用いて得られたゼブラフィッシュ変異体の原因遺伝子を1つ同定する場合には数年を要するが、トランスポゾンの挿入変異の場合には標的となった遺伝子を数日で同定することができる。また、レトロウイルスに比べ、扱い易さ、汎用性、応用性、安全性においてトランスポゾンは大きなメリットをもつと考えている。
 ゲノムプロジェクトの進展により、モデル生物で塩基配列の解読が完了しつつある。今後は、さまざまな生命現象にかかわる遺伝子の機能解析研究を進めなければならない。これまでの研究手法に加えてトランスポゾンを使った新しい遺伝学的方法論を導入することにより、脊椎動物遺伝子機能研究が飛躍的に促進されることを期待している。読者の方々にも本稿を参考にして、脊椎動物で使えるトランスポゾンを生物学のさまざまな問題を解くために役立てていただければ幸いである。

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