羊土社 実験医学 Vol.28 2010


Tol2トランスポゾンを用いた画期的なトランスジェニックマウス作製法

隅山 健太・川上 浩一

はじめに

 トランスジェニックマウスの作製は、クローン化された遺伝子の機能解析、シス制御領域の機能分析、有用な形質をマウスに付与しヒト疾患モデルマウスを創出する、などの研究においてとても重要な方法論である.従来、トランスジェニックマウスの作製は、プラスミドDNAを受精卵の前核へマイクロインジェクションすることにより行われてきた.この方法は簡便であり、それゆえトランスジェネシスの効率がそれほど高くない、という短所はこれまで見過ごされてきた.例えば、典型的なトランスジェネシス実験では、マイクロインジェクション後の受精卵がきちんと発生し、仔マウスとして産まれてくる頻度は10%程度、それらのうちプラスミドDNAを生殖細胞ゲノムに組み込んでいるマウスの頻度は20%程度である.
 BACプラスミドは、通常の大腸菌中で多コピー保持されるプラスミドに対して、100〜200kbといった大きなDNA断片をクローニングすることができる.BACプラスミドを用いたトランスジェニックマウスの作製は、遺伝子まるごとの解析、あるいはゲノム上に広範囲に散在するシス制御領域の機能解析などの目的で、最近さかんに実施されるようになってきた方法論である.BACライブラリーが完備され、興味の対象であるゲノム領域をカバーするBACクローンの入手が容易になったことも大きな理由であろう.しかしながら、BACプラスミドを用いたトランスジェニシスの効率はあまり高くないという問題もある.
 最近のわれわれの研究によって、マウストランスジェネシスにおけるこれらの問題点を解決することができた1)2)Tol2因子はメダカゲノムから発見されたDNA型トランスポゾンであり、活性がある転移酵素をコードしている.Tol2は、哺乳動物細胞中でも転移活性を有しており、培養細胞への遺伝子導入の際にベクターとして使用されてきた3)4).しかしながら、これまでトランスジェニックマウスの作製には応用されていなかった.われわれは、Tol2をベクターとして外来DNA(〜6kb)を組み込み、細胞質へのマイクロインジェクションを行った.そうすると、非常に高効率にトランスジェニックマウスの作製が可能であることがわかった.さらに、われわれはBACサイズの大きなDNAをTol2ベクターに組み込んだ.驚くべきことに、Tol2は大きなDNAとともに転移反応によってマウスゲノムに組み込まれ、トランスジェニックマウスを作製することができた.ここではこれらの方法について紹介する.

原理

❶ฺ受精卵の細胞質へのマイクロインジェクションによるトランスジェニックマウスの作製

 Tol2因子は全長約4.7kbのトランスポゾンである(図1)Tol2は内部に活性がある転移酵素をコードしている.転移酵素はTol2がもつ塩基配列を認識して転移反応を触媒する.Tol2が転移するために必要なシス塩基配列は、左端から200bp、、右端から150bpという非常に短いものである5).これらの配列間に目的とするDNAを組み込んだプラスミドを構築する.これをここではTol2ドナープラスミドとよぶ.一方、転移酵素遺伝子のcDNAを鋳型として、in vitroでmRNAを合成する.Tol2ドナープラスミドと転移酵素mRNAをともにマウス受精卵の細胞質へマイクロインジェクションすると細胞質で転移酵素が合成される.転移酵素は核に移行する.Tol2ドナープラスミドはおそらく拡散して核内へ移動する.核内では、転移酵素がTol2ドナープラスミドからTol2部分を切り出す.切り出されたTol2は転移反応によりゲノムDNA上に組み込まれる.ゲノムにTol2を組み込んだ細胞が、将来、生殖細胞へと分化し、次世代でトランスジェニックマウスが得られる(図2).この方法では、前核へのマイクロインジェクションに比べ、受精卵に与えるダメージが少なくなり、仔マウスが産まれる頻度が高くなる.また通常のプラスミドDNAを細胞質にマイクロインジェクションするとゲノムに組み込まれる頻度は非常に低くなるが、その点については転移反応による組み込み頻度の上昇と相殺するだけでなく、さらび高くなる.

❷ฺTol2トランスポゾンを用いたBACトランスジェネシス

 前述の通常サイズのDNA(数kb)と同様、BACサイズのDNA(50〜200kb)を転移に必要なシス配列の間にクローニングする.しかしながら、BACのような巨大DNAの取り扱いはそれほど容易ではない.われわれは、大腸菌内でしかも1ステップで転移に必要なTol2シス配列を組み込むことができる方法を開発した.それがiTol2(inversed iTol2)カセットを用いる方法である.iTol2カセットでは転移に必要なシス配列をinside-outの構造にしている.このカセットの両端の配列にハイブリダイズし、BACプラスミド内の配列と相同な配列をもつようなプライマーを設計し、それらの配列とiTol2の配列をもつようなDNA断片をPCRで増幅する.この合成されたDNA断片を大腸菌中で相同組み換えを起こさせることによって、BACプラスミドに組み込む.そうすると結果的に、大きなBACプラスミド側がTol2の内部に存在することになる(図3).この巨大プラスミドを転移酵素mRNAとともに、この場合は受精卵の前核へマイクロインジェクションする.そうするとTol2の配列とともにBACプラスミドが切り出され、ゲノム上に転移する.そのような細胞が生殖細胞になり、次世代でトランスジェニックマウスが得られる.

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