エヌ・ティー・エス ゲノミクス・プロテオミクスの新展開 2004
2.4 変異原因遺伝子のポジショナル/候補遺伝子クローニング
化学変異原ENUを用いると、主に塩基対置換(transition)が生成される。この方法により機能破壊された変異の原因遺伝子を同定するためには、ポジショナルクローニングか変異の表現型から候補遺伝子を想定してマッピング、クローニングを行う必要がある。
1998年、ゲノム解析のためのリソースの整備とともにゼブラフィッシュで初めてのポジショナルクローニングが報告された。Zhangらは、腹側神経外胚葉、内胚葉、脊索前板を欠損し一つ目になるone-eyed pinhead変異のポジショナルクローニングに成功し、新規EGF-CFC遺伝子を同定した。One-eyed pinheadタンパク質はnodalタンパク質のco-factorとして働き胚葉分化に必須である33),34)。
上述の大規模スクリーニングで得られた変異の原因遺伝子のポジショナル/候補遺伝子クローニングによる同定においては、日本人研究者も活躍している。岸本らは、背側化変異swirlの原因遺伝子がbmp2であることを明らかにした(図3B)35)。多田、Heisenberg らは、gastrulationに欠損があるsilberblick変異の解析から、gastrulationの際の細胞の収束―進展運動を調節するwnt11を同定した(図3C)36)。菊池らは、心臓形成異常を示すbonnie and clydeおよびcasanovaの解析から内胚葉形成に重要な新規Mix遺伝子(図3D)37)、新規sox遺伝子を同定した38)。二階堂らは、すべての体節が融合するfused somite変異の解析から、未分節中胚葉で発現し体節形成に必須なtbx24を同定した(図3E)39)。伊藤らは、primary neuronの数が著しく増加するmindbomb変異の解析から、notch signaling pathwayの活性化に必須な新規RINGドメインをもつubiquitin ligaseを同定した(図3F)40)。矢部らは、腹側化変異ogonの解析から、Bmpシグナルを阻害するsizzled(secreted frizzled)遺伝子を同定した(図3G)41)。
2.5 新規変異を分離するための様々な工夫
上述の大規模スクリーニングでは、主に実体顕微鏡で胚発生を観察することにより変異が同定された。それ以外にもアイディア次第で、様々な変異スクリーニングを実施することができる。興味深い研究の例を紹介する。
Brockerhoffらは、固定した稚魚の周りにストライプを描いた筒を回転させ、視機性眼振反応を指標に視覚異常変異を分離した42)。Granatoらは、稚魚に触れた時の反応(タッチレスポンス)を指標に運動異常変異を分離した43)。Baierらは、蛍光色素を網膜に注入し網膜から視蓋への神経軸索の投射を可視化し、軸索投射異常変異を分離した44)。Guoらは、tyrosine hydroxylaseの抗体染色によりカテコールアミン作動性神経を可視化し、これらの神経の形成異常変異を分離した45),46)。Pelegriらは、加圧処理による2倍体化法でホモ2倍体の成体メスを作製、スクリーニングすることにより母性変異を分離した47)。Johnson、Possらは、加圧処理による2倍体化法でホモ2倍体の成体を作製、ヒレ再生に異常を示す温度感受性変異を分離し、ポジショナルクローニングにより原因遺伝子nightcapを同定した48),49)。
3. トランスジェニックゼブラフィッシュ
遺伝子、および遺伝子発現制御領域の機能を調べるためには、クローニングされたDNAを個体に導入する方法、すなわちトランスジェニックフィッシュを作製する方法が重要である。
Stuartらは、受精卵の細胞質にプラスミドDNAを微量注入した。注入されたDNAは生殖細胞のゲノムへ組み込まれ、かけあわせにより得られた子孫にはそのDNAをゲノムに持つトランスジェニックフィッシュが出現した50)。Stuartらは、CAT遺伝子を組み込んだトランスジェニックフィッシュにおいてはCAT遺伝子が発現されることも示した51)。
DNA微量注入などで遺伝子を改変され、その改変遺伝子を次世代に伝えることができる個体をfounderと呼ぶ。プラスミドDNA を微量注入され、成体となったゼブラフィッシュのうち、founderフィッシュとなる割合は5%程度かあるいはそれ以下である。したがって、この方法によりトランスジェニックフィッシュの作製を目指す場合には、微量注入を行った胚を最低100匹は成体にまで育て、かけあわせによりその子孫中にトランスジェニックフィッシュが存在するか否かを調べる必要がある。
胚が透明であるというゼブラフィッシュの長所を生かすために、生きている胚で導入されたDNAを可視化できるリポーター遺伝子が検討された。Linらは、ゼブラフィッシュ細胞で活性があるプロモーターの下流にlacZ遺伝子を組み込んだトランスジェニックフィッシュを作製し、生きている胚でlacZの発現を可視化した52)。Amsterdamらは、GFP遺伝子をゲノムにもつトランスジェニックフィッシュを作製し、胚を蛍光顕微鏡下で緑色に光らせた53)。
次のステップとして、組織特異的にGFP遺伝子を発現するトランスジェニックフィッシュの作製が試みられた。Longらは、GATA-1プロモーターの下流にGFP遺伝子を組み込んだトランスジェニックフィッシュを作製し、血液細胞特異的にGFPを発現させることに成功した54)。東島らは、アクチンプロモーターの下流にGFP遺伝子を組み込んだトランスジェニックフィッシュを作製し、筋肉細胞特異的にGFPを発現させた55)。
これらの研究により、(1)トランスジェニックフィッシュの作製は、特異的発現を制御するプロモーターの活性をin vivoで調べるためのよい方法であること、(2)GFPを特異的発現するトランスジェニックフィッシュは、発生生物学研究のための有用な材料となること、が示された。
特異的発現を制御するエンハンサー/プロモーター活性を有する短いDNA断片を突き止めることは容易なことではない。免疫グロブリンV(D)J組換えを活性化するrag1は胸腺特異的に発現する遺伝子であるが、rag1遺伝子近傍に胸腺特異的エンハンサーを見つけることは容易ではなかった。Jessenらは、rag1遺伝子近傍領域125kbをもつPACクローンにGFP遺伝子を組み込み、この改変PAC DNAをゲノムにもつトランスジェニックフィッシュの作製に成功した。このトランスジェニックフィッシュでは、GFP遺伝子が胸腺特異的に発現していた。さらに興味深いことに、嗅上皮でのGFPの発現が観察された。Whole mount in situ hybridizationにより、rag1遺伝子が、嗅上皮でも発現していることが確認された56)。
トランスジェニックフィッシュの作製は、発現制御領域の解析のみならず遺伝子機能解析にとっても重要である。Halloran、東海林らは、ヒートショックプロモーターの下流にGFP遺伝子をもつトランスジェニックフィッシュを作製し、単一の細胞をレーザー照射することによりその細胞でのみGFP遺伝子発現を誘導することに成功した。次に、彼らは分泌型セマフォリンをコードするsema3A1遺伝子をヒートショックプロモーターの下流に組み込んだトランスジェニックフィッシュを作製し、レーザー照射により特定の筋細胞でSema3A1を発現させたところ、運動神経軸索のその筋細胞方向への進展が阻害され、Sema3A1が運動神経軸索に対して反発性のシグナルとして働くことが示された57)。
|
←BACK NEXT→
|