共立出版 蛋白質核酸酵素 Vol.45 2000


4.プロウイルス挿入変異の原因遺伝子のクローニング

 インサーショナルミュータジェネシスの最終段階は、原因遺伝子のクローニングであった。プロウイルスを目印にして、その周辺ゲノムDNAは容易にクローニングできる。そこから“遺伝子”を同定する最良、最速の方法は何だろうか?これはポジショナルクローニングの際にも問題になることであるが、筆者らは当初、暗中模索であった。折しもヒト、マウスのESTが増加しつつあるころで、dbESTというデータベースが新しく誕生したのもこのころであった。筆者らは、パイロットスクリーニングで得られた4個の胚致死変異のプロウイルス近傍ゲノムDNAの塩基配列を決定した。no archespescadillodead eyeと名づけた3つの変異については、BLAST検索を行なうとヒト、マウスのESTとの相同性を見いだされ、遺伝子を同定することができた7),8)。”コロンブスの卵”とはまさにこのことである。その後dbESTもさらに充実しているため、DNA塩基配列の決定とBLAST検索が遺伝子同定のための最も有効な戦略であると考える。
 1996年当時、ゼブラフィッシュのESTデータベースは存在していなかった。遺伝子を効率よく発見するためにも、ゼブラフィッシュのEST、しかも5`UTRをもつ完全長cDNAからのESTデータベースが重要である。筆者は、東京大学医科学研究所菅野博士に助けていただき、ゼブラフィッシュ完全長cDNAライブラリーを作製し、米国ワシントン大学でJohnson博士を中心に行なわれているESTプロジェクトに協力、貢献している。
 現在さらに方法が改良され、シェードタイプレトロウイルスを微量注入された1匹のfounder由来のF1から、20〜30種類の異なるプロウイルス挿入を回収することができる。70〜100挿入にひとつという胚致死変異の出現頻度に変わりはない。今後、数年間のうちに10万種類のプロウイルス挿入を作製し、1000種類の胚致死変異の分離と原因遺伝子のクローニングを目指した大規模スクリーニングが、Hopkins研究室で進行中である9)

5.ゼブラフィッシュvasa遺伝子と始原生殖細胞

 ところで、胚に注入されたウイルスはどのようにして生殖細胞に感染するのだろうか?そもそも、「ゼブラフィッシュの初期発生において始原生殖細胞はどこから現れるのか?」についてはまったくわかっていなかった。その原因は、始原生殖細胞の発現遺伝子マーカーが存在しないことにあった。
 ショウジョウバエの生殖細胞形成不能変異の解析から、vasa遺伝子が同定された。vasa遺伝子は、DEADボックスをもつATP依存性RNAヘリカーゼをコードしている10)。脊椎動物であるカエル、マウスのvasa相同遺伝子がすでにクローニングされていて、成体の生殖細胞で特異的に発現することが知られていた11),12)。筆者らは、ゼブラフィッシュvasa相同遺伝子をクローニングした13)
 ゼブラフィッシュ初期胚におけるvasaRNAの局在、発現パターンをホールマウントin situハイブリダイゼーションにより解析した結果を図3に示す。vasaRNAは母性RNAとして未受精卵に存在する。まったく予想すらしなかったことだが、vasaRNAは、2細胞、4細胞期胚において細胞分裂面上2カ所、4カ所に特異的に局在した(図3A,B)。この4カ所の局在は胞胚期(約1000細胞)まで続く(図3C)。胞胚中期以降vasaRNAの転写が開始され、vasa発現細胞は、分裂、増殖を開始し(図3D)、背側方向に移動していく(図3E,F,G)。1日胚以降では、将来精巣あるいは卵巣となるべき領域での発現がみられる(図3H)。筆者らは、vasaRNA局在、発現細胞が始原生殖細胞であると結論づけた13)。筆者は、あとにもさきにもホモロジーを基に遺伝子をクローニングし、解析したのはこのときだけである。新しい発見をするためにはフォワード遺伝学が唯一無二の方法論であると信じていたが、このvasaRNAのパターンをみたとき、考えを改めた。始原生殖細胞の位置、数について具体的なイメージをもつことができたのは、筆者らにとって重要であった。この発見を基に、始原生殖細胞を分画、操作することができれば、新しい技術の開発につながることが期待できる。たとえば、ゼブラフィッシュでは未開発の、既知の遺伝子を基に変異体を作製し、機能解析を行なうようなリバース(逆)遺伝学の方法論である。

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